大阪高等裁判所 昭和33年(う)982号 判決 1959年2月09日
被告人 重田松治
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役拾月に処する。
原審の未決勾留日数中参拾日を本刑に算入する。
領置の登山用ナイフ一挺(昭和三三年裁領第二七五号)はこれを没収する。
理由
被告人の控訴趣意中事実誤認の主張について、
所論は要するに、被告人が日野満夫を傷つけたことは事実そのとおりであるけれども、強盗傷人と認定されたことに対しては、いくら納得しようとしても納得できない。被告人はバー白鳥に支払う位の金は持つており、現に松竹梅ホテルにおいても、飲食代を支払おうとしたが、日野満夫が飲食代はバーへ戻つてからで良いと言い、更に他の安い宿を世話するからと言つたので、同人と連立つて右ホテルを出てから原判示傷害の場所に至り、急に危惧の念を生じ、かつとなつて突嗟にポケット内に持つていた登山用ナイフで同人の顔面を切りつけ、本能的に逃げたものに過ぎない。従つて右飲食代金の支払を免れようとする意志は毛頭なかつたものであるから、単なる傷害罪として認定されるのは兎も角、強盗傷人罪は成立しないというにある。
よつて所論に鑑み、原判決挙示の各証拠並びに当審における事実の取調の結果を総合し更に本件記録を精査検討するときは次の如き事実を認定できるのである。即ち、被告人は昭和三三年三月三日勤先米穀店の金三万八千円位を持出して翌四日大阪に来り、原判示松竹梅ホテルに宿をとり、同ホテルの帳場に金三万円程在中のボストンバッグを預け、五千円余りを懐中にして同日午後六時頃同市道頓堀附近え見物に出掛けている時原判示バー白鳥の女給田中さえ子から誘われるままに、右バー白鳥に到り、女給相手にカクテル、ハイボール等を注文し約三十分間位飲食したが、その飲食代として意外にも四千五百円という多額をふつかけられたけれども、文句を言わないで、所持金中から四千五百円を支払い、右女給田中さえ子に案内されて大阪城を見物し、再び道頓堀に帰つたのであるが、同女給から大阪城まで案内して貰つているのに、同女の誘いをふりきつて帰るわけにも行かず、懐中にはなお五、六百円の所持金があつたので、ビールを一、二本飲みなおして帰るつもりで、再び右バー白鳥の客となつたが、注文もしないシャンペン酒等を抜き又ふつかけられそうな気配が見えたので、約三十分位経過して勘定を尋ねたら、再び意外にも九千五百九十円を請求せられた。しかし被告人としては所持金は五、六百円位しかなく、店の金を持出して出奔している手前警察にも届出られず、困つた揚句、右ホテルの帳場に預けてある金の中から支払することにして原判示日野満夫を付馬として同日午後八時三〇分頃同道、同ホテルに帰り、帳場からボストンバッグを受取り、在中の金から右日野に対し飲食代を払おうとしたが、同人が被告人が多額の金を持つているのを見て、飲食代金はバーへ戻つてからで良い、他の安い宿を世話するから一緒にホテルの勘定を払つて出掛けようと誘われ、その時ホテルの女中領家きみゑから危いから止めた方が良いと忠告されたけれども振りきつて、同ホテルの支払を済ませ、右ボストンバッグを持つて日野と共に同日午後九時頃原判示犯行場所を通行のとき、右バーが所謂暴力バーであつて、現に多額の飲食代をふつかけられており、右女中の忠言のように、もし又バーへ戻れば、所持金全部をまきあげられた上裸にされるかも知れないという恐怖感に急に襲われ、突嗟に所持していた登山用ナイフで同人の左頬部左耳後部等を突き刺してその場から逃走した事実を認定し得るところである。日野満夫の司法警察職員、司法警察員に対する供述調書の記載、同人の原審公判廷における証言、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書の記載並びに被告人の原審公判廷における陳述中には一部右認定と相違する点がないではないが、右は被告人の当公判廷における陳述と領家きみゑの司法警察職員に対する供述調書の記載と対比するときは容易にこれを措信し難く、その他右認定を左右する証跡は記録を精査するもこれを発見できない。然らば被告人が右日野に対し加えた傷害は、被告人のバー白鳥に対する正当な飲食代金の支払を免れる意図の下に敢行したものとは到底認められない。被告人が右逃走のためバー白鳥に対する正当な飲食代金の支払を結果的に免れた事実のみを以つては末だ右認定を覆すに足らない。さすれば原審には所論の如く事実の誤認があり、この誤認は原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はこの点において破棄を免れない。論旨はその理由がある。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判官 児島謙二 畠山成伸 本間末吉)